《図像学入門》マチリンの楽しい絵解き物語:西洋編 Page1・


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目次 光輪 その1 【最期の晩餐】【受胎告知】などから 光輪 その2 光輪@聖母マリア 光輪 その3 光輪@【洞窟の聖母、他】 光輪 その4 光輪@【マギの礼拝】 光輪 その5 光輪@【キリストと父なる神、他】

光輪 その1 【最期の晩餐】【受胎告知】などから 光輪=HALOは、光背、後背、ともいわれ、古代から神性や力の象徴として描 かれたもので、キリスト教美術に現われるのは5世紀のこと。初めはキリスト、 神、聖霊の鳩という三位と天使だけのものでしたが、後に聖者が浮浪者に見え ないために聖人にもつけられるようになりました。 例えば、キリストの弟子たちに光輪をつけないとどうなるか。 http://www.galleriaborghese.it/borghese/img/ultcen.jpg これでは酒場のおっさんたちにしか見えません。光輪の重要性がわかります。 1306年にルネッサンスの先駆者ジョットが描いた【受胎告知】のマリア http://www.christusrex.org/www1/giotto/SSM-a-vergine.jpg 先駆者というのはいつの時代でも苦労するものですが、遠近法の確立してい ない時代ではなおさらです。ジョットは横顔に魅せられたのはよいが、光輪 をどう描いたらよいかと悩んだのではないかと思います。結局、このような 楕円系の円盤を頭に貼りつけけました。 1940年代のアメリカで【Halo Hat】という頭の後ろにぺたっとくっつける帽 子が流行ったそうですが、これに似ていたかもしれません。帽子といえば、 これを額にぺたっとつけると皇后さまのお帽子になります。あれは彼女が何 十年もくっつけても巷で流行る事のない不思議な帽子ですね。 でも、光輪は光ですから、頭にくっついてはいけないのです。ジョットと同 時代でも、それをキチンと描いたのはドゥッチョ。【最後の晩餐】1308-11年制作。 http://gallery.euroweb.hu/html/d/duccio/buoninse/maesta/verso_1/verso03.html 注目はキリストの右隣のヨセフの光輪。キリストにもたれかかっていますが、 光輪はキリストの背の後ろにあります。これで、光輪は頭にはくっついてい ない事が良く解ります。 なお、ヨセフは酔っ払って眠っているのではありません。キリストが「この 中に私を裏切るものがある」と言った時、キリストの胸に顔を埋めて「誰の ことですか?」とたずねたと聖書に書いてあります。ヨセフは若くて素直で ハンサムな青年で、キリストからえこひいきされた弟子です。処刑されたあ との降十字架のシーンでは嘆く聖母マリアを支えています。 私はこれ以上横道にそれないで、まっすぐ【光輪】の道を進もうとしても、 この絵をしっかり見た鋭い方から次のような質問が来るでしょう。 1「なぜ12人の使徒のうちこちら側の5人には光輪がないのか?」 2 こちら側の5人はどれも人相が悪くてどれが裏切りのユダか解らない。 はい、喜んでお答えしましょう。1は多分、ドゥッチョには他に描きたいも のがあったので光輪は邪魔だったのだと思います。それはテーブルクロスの 繊細な菱形模様です。 えっ、「ウソ!」ですって? たぶん本当ですよ。ドゥッチョはセンスの良 い画家なんですから。じゃあ、頑固者ジョットが後ろ向きの人間に光輪をつ けるとどうなったか、ご覧下さい。 http://www.christusrex.org/www1/giotto/SSC-cena-m.jpg これでは光輪は皇后さまの帽子のように額についてしまいます。ねっ! こ こでついでにキリストの光輪に4分割の模様があるのに注目してください。 この十字形の入った光輪はキリスト特有の持物です。 初めに見ていただいた酒場のおっさんたちの晩餐でキリストは金の十字がう きあがるだけの簡素な光輪でしたね。(誰も注目しなかった??) 一方ドゥッチョの絵ではキリストも弟子も同じサイズ豪華さの光輪でした。 これは画家の好みですが、ドゥッチョはしきたりより美的統一を優先したの だと思います。 次に、2への答え。 6世紀の初期キリスト教のモザイクではテーブルはD形で、丸い部分に同じ 顔の弟子が座りキリストは左端に座っていました。photo to be added これではどれがユダであるか解りません。これと比べるとこの絵はまだマシ ですが、確かに聖書を読んで(さらに記憶して)いないと、どれがユダだか 解らないでしょう。 キリストは泣いて裏切り者は誰かと訪ねるヨセフに答えます。「(裏切り者は) 私が一切れのパンを浸して与える者である」 ということでキリストがパンを差し出している左から2番目の男がユダとい ことになります。 ワインにパンを浸して食べたのが【最後の晩餐】でした。中央に仔豚の丸焼 きのようなものがありますが、仔羊です。犠牲の象徴として描かれているだ けで、実際の【最後の晩餐】のメニューにはありません。他に魚がのってい るのもあります。これはキリストの大漁の奇跡を示すものです。 日本語では【最期の晩餐】というので豪華なDINNERのようですが、英語では 【LAST SUPPER】といいます。Supperは労働者階級などがとる簡単な夕食で す。金持が豪華オペラを見た後にとる夜食もSupperです。 さて、昔でも、ユダがどこにいるか解りづらいという苦情があったのでしょ う。1470年にヒューゲというスペインの画家が描いた【最期の晩餐】ではユ ダだけに光輪がありません。 http://gallery.euroweb.hu/html/h/huguet/last_sup.html クリスタルな質感の同心円状の光輪なので、額についていてもジョットの黒 い光輪ほど違和感はありませんね。他の弟子がショックを受けてお互いを見 ているのに、ユダは仔羊の丸焼きに手を出しています。こちらの仔羊の方が 豚より羊に見えます。 あら、この絵ではキリストが仔羊の丸焼きに手を出しているわ!はしたない 事。同じく15世紀末の作品。 http://gallery.euroweb.hu/art/m/master/hausbuch/lastsupp.jpg キリストの光輪の模様は十字の変形と思われます。ここでもユダには光輪は ありません。遠近法的問題はこの画家も解決できなかったようで、顔の方向 は無視してシンバルのような光輪を無理に挿入しています。 この絵でついでに注目したいのはユダの触っている皮袋。この中にはキリス トを売った報酬の銀貨30枚が入っています。皮袋をもったユダの絵がやっ と探せました。あるようでないのですよ。 フィレンツエのギルランダイヨの絵は細長いテーブルのこちら側に光輪のな いユダを一人で座らせ、とても解りやすい工夫をしています。もっとも全く 知識のない場合、この人がえらい人で講釈をしているようにも見えますね。 http://www.prayerpreghiera.it/banca/dio/ultima%20cena.jpg テーブルの両端が曲がっているのは初期キリスト教美術にあるD型テーブル の名残かもしれません。ま、その場合はキリストは中央にはいないわけで、 単なる画家のアイディアかもしれない。 最後に、食卓のものには興味がなく、光輪の美しさを描いたデル・カスター ニョのセンスの良い色彩の絵を見てみましょう。1447年制作で、遠近法が完 全にできている光輪です。 http://gallery.euroweb.hu/html/andrea/castagno/1_1440s/08lasts1.html このユダは聖書で言われるように黒い髭と黒い髪という風貌の男として描か れているので、前のギルランダイヨのユダように、講釈するキリストかと間 違うことはありません。もちろん、光輪もありません。 デル・カスターニョの人物の顔の長さには到来するマニエリズムを感じさせ るものもありますが、両端のスフィンクスなどは古代の美術への憧れが見ら れてステキです。壁にかかる絵は高級イタリアン・レストランの抽象画のよ うで、この絵とダリの【最後の晩餐】にはどこか似たものを感じます。 クワットロチェントの時代は修道院の食堂には必ずと言ってよいほど【最期 の晩餐】が描かれたので、多くのフレスコ画が今も残っています。ルネッサ ンス後期からは、レオナルドを初め、光輪を描かない画家が多くなりました。 ダリの【最後の晩餐】などはダリのページで触れることにします。 光輪 その2 光輪@聖母マリア 初めの絵は GIOVANNI di Paolo 1472年http://gallery.euroweb.hu/art/g/giovanni/paolo/madonna.jpg 樽底のような木目込み式の光輪をつけたマリア。シュールですが、1472年に 描かれたものです。ジョヴァンニ・ディ・パウロは没後すぐに忘れさられて 20世紀に再評価された画家。     アメリカ人が再評価したのか、NYのメトロポリタン美術館やボストン美術 館に良い作品があります。宗教画はハンガリーのエステルゴムにあるキリス ト教美術館にもありますが、出身地には殆ど残っていません。エステルゴム はブダペストからバスで行きました。ドナウ河の対岸はチェコ。風が吹きす さぶ丘の上の冷たい荘厳な美術館。当時はジョヴァンニ・ディ・パウロは知 らず、早々に退散しました。残念。 ここで質問。この人はイタリアのどこの出身でしょう?? 「この東洋系の 顔はシエナ派のシモーネ・マルティーニと似ているわ…。でも、シモーネ・ マルティーニはピカピカ金箔系では…」 そうです。色彩は異なりますが、ジョヴァンニ・ディ・パウロはシエナ派の 画家です。個性がありすぎて、当時の教会には受け入れられなかったのかも しれません。 背景はメレンゲの中にお城があったり、畑の畝も様式的なのに、手前の半分 赤く色づいたいちごの描写はナテュラリスト。黒と茶系の色のみで描かれて 邪魔にならない聖母子。中央の薄茶色の物体は聖霊の鳩です。すてきな聖母 子像です。 ナチュラリストといえばヴェネッツイアのベッリーニ。彼が描いたマリアの 光輪も薄い茶色い円盤です。私は、毎年、叔母さんからお歳暮でいただく風 月堂の薄焼きワッフルを思い出しました。ちなみにこの叔母、ルツさんとい います。お兄さんはイサクさん。変った家系。 http://gallery.euroweb.hu/html/b/bellini/giovanni/1470-79/073madon.html だいたい、ベッリーニのマリアは自然を背景にして若い農婦のような感じに 描かれていて、この絵のように光輪があること自体、めずらしいですね。ベッ リーニ1470-79年の作品。ヴェネチア派はシンプルな光輪が多いです。 でも、素食ばかり食べていると、ご馳走を食べたい、と思うのが人間の常。 そこで、フィレンツエに戻ってみましょう。1483年にボッティチェルリが描 いた【読書をする聖母】 http://gallery.euroweb.hu/art/b/botticel/madonna/madonbok.jpg 金細工の王冠のような繊細な光輪でしょう。幼子について少し付け加えると 幼子の腕輪は茨。未来にかぶせられる茨の冠を予言しています。茨の腕輪は 私は初めて見ました。幼子の光輪は十字形をデザインしたものです。 もうひとつの注目はマリアの青いマントの左肩の刺繍。中国製のジーンズ生 地によくある刺繍みたいですが、星が瞬いているところです。私もボッティ チェルリの絵なのでただの綺麗な刺繍と思っていましたが、最近【星】がマ リアの持物だと知ったのです。 聖母マリアには【天の女王】という役割もあり、そのため青い空色のマント をまとっているのですが、空だから星があるという短絡的なものではありま せん。実はマリアには、ヘブライ語名ミリアム(Miriam)に関連して【海の星】 (Stella Maris)というラテン語の呼称もあるのです。 漢字で海の星と書くとヒトデになります。(ついでに海月はクラゲです。) しかしヒトデはマリアの持物ではありません。 【光輪】研究にもどりますと、1488年という同じ時期、フィレンツエの 売れっ子ギルランダイヨの描いたマリアの光輪も薄いレースのように繊細です。 http://www.rod.beavon.clara.net/Ghir_Adoraz_Innocenti.jpghttp://www.rod.beavon.clara.net/Ghir_Adoraz_Innocenti.jpg 【マギの礼拝】。捨子養育院の附属美術館にあります。ミーハーな私はこう いうゴージャラスな絵も大好きです。ギルランダイヨのマリアはおでこが出 ていて幼顔でヤンママの安室奈美恵に似てませんか? さて、光輪はだんだんに流行らなくなり、レオナルド・ダ・ヴィンチが追求 すると一本の線になりました。【洞窟の聖母】1503-1506 http://gallery.euroweb.hu/html/l/leonardo/02/3virg_l.html ロンドンのナショナル・ギャラリーでは、この絵を光線から保護するに薄暗 い小部屋に飾っていますから、光輪までは見えませんでした。冬の稲妻がロ ンドンの暗い夜空に一瞬光った時のような絵だ、と感じたのを覚えています。 【聖母子像】は世界中に溢れているポピュラーな画題ですが、実は歴史的に はキリスト教内での長い論争がありました。というのは、聖母子像はもとも と異教の像エジプトの女神イシスが息子ホルスを膝に抱く像でした。これが キリスト教に導入されたのです。 聖女でない(初めは聖女ではなかった)マリアがキリストと同じように崇拝 されることに異論が出ました。マリアが聖人扱いとなり、聖母子像が431年の エフェソスの教科書検定会議を通っても、女性の権利を認めない教会側の反 抗はすごかったのですよ。 古今東西、女の道は険しいのですが、結局はマリアは人気ものになり、キリ スト教の伝播に大きな役割を果しました。 光輪 その3 光輪@【洞窟の聖母、他】 レオナルド・ダ・ヴィンチの【洞窟の聖母】1503-1506をもう1度見てみま しょう。 http://gallery.euroweb.hu/html/l/leonardo/02/3virg_l.html 光輪は画中の3人にしかついていません。マリアの遠縁のエリザベスは聖女 ではないからです。 せっかくレオナルドが出てきたので、光輪から離れてこの絵を観察します。 この絵は洞窟がユニークなことから【洞窟の聖母】と呼ばれますが、マリア と幼子イエス、エリザベスとその息子ヨハネが一堂に会するという場面は聖 書にはないのです。ましてや、迫害や爆撃をのがれて4人が洞窟に隠れたと いう話は全くありません。 これはルネッサンス期に絵画の中に現われた【聖家族】というもので、聖書 にはなかった宗教画のテーマです。 それではこの光輪のある二人の男の子のどちらがイエスでどちらがヨハネで しょう? そりゃあ、マリアが優しく手を置いている左の子ですって? い いえ、イエスは右の男の子です。 左の男の子は右の子より少し大きく描かれています。ヨハネの方が年上だか らです。ディテールを見ると、お腹に布の切れ端を巻いていて、十字架を持 っています。この絵では質感がちょっと違いますが、葦の茎でつくった十字 架です。これらがヨハネを表しています。 ええっ? ヨハネって、この子があの【最期の晩餐】でキリストに寄りかかっ たヨハネなの? あのヨハネはキリストより年下でしょ? ヨハネったらヨ ハネ? 疑問をもっても当然。聖書には3つも有名なヨハネがいて紛らわしいのです。 英語でいうとJOHNですから、よくある名前なのです。親切な本では、使徒ヨ ハネ、福音書記者ヨハネ、洗礼者ヨハネと区別して書いてあります。 (使徒ヨハネと福音書記者ヨハネについては【その5】で説明しますが、こ の二人は伝統的に同一人物とされます。若く描かれると使徒、年寄に描かれ ると福音書記者なのです。ヨハネったら面倒だネ!) このうちの洗礼者ヨハネは荒野に住み、毛皮をまとい、葦で作った十字架を 持ち、通りかかったキリストに洗礼をしました。ですから、この洞窟の子供 は【洗礼者ヨハネ】です。でも、子供時代からこのように仲良しのお友だち だった訳ではありません。絵の中だけのお話です。 さて、もしかして絵に詳しい読者の方がいて、【洞窟の聖母】といえばパリ のルーヴル美術館蔵のものが有名なはずだが??と疑問をもったでしょうか。 確かに、ルーヴル版は、100%レオナルドが描いた大傑作です。 http://gallery.euroweb.hu/html/l/leonardo/02/2virg_p.html 絵をクリックして拡大してみると、子供たちの立体的なこと、色使いの細や かなことなど全ての点でロンドン版を凌いでいます。ルーヴル版は1483-86年 に描かれ、後にレオナルドの手でルイ七世に献上されたもので、決してナポ レオンが奪ってきたものではありません。そのあと、代わりにロンドン版が 描かれて教会に飾られました。 でも、私がわざわざロンドン版を選んだのには訳があります。パリ版には光 輪がないのです。それに、ヨハネとイエスを区別する、ヨハネの持物も描か れていないからでした さて、レオナルドはじめルネッサンスの画家たちが、人間らしい立体的な洗 練された絵を描いていた頃、ドイツにはこんなに可愛い童話的な絵を描く人 がいました。 http://gallery.euroweb.hu/html/g/grunewal/2isenhei/2view/2view1c.html 【聖母子に捧げる天使のコンサート】1515年 この絵を見ると、ヴィオラ・ダ・ガンバを逆さまに弾いている愉快な天使た ちがいますね。その中央に真っ赤な光輪(光輪とは呼べるかどうか…)のな か、右の画面に出てくる赤い王冠を被った女性がいます。 彼女はただの聖女ではなく、女性として最高位にいるマリアではないかと言 われています。歩いていく方向から、出産前のマリアではないかと。そうい えばお腹が膨らんでいるような感じも・・… ひとつの絵に次元の違う主題 が描かれている例です。 グリュヌヴァルトは当時は存在を忘れられていた画家で、彼の祭壇画は長い ことデューラーの作品と思われていました。20世紀になって見直された人 です。それにしてもドイツ人は非現実的な絵を好んで描きますね。日本人の 感性とはちょっと離れている感じもしますが、図像を追っていると、好き嫌 いは言ってはいられない!、という境地になります。 いちおう可愛いと言わないと開けてもらえないから、『可愛い童話的な絵』 と言っただけで、マチリンの本音としては、気味の悪い絵だと思います。 では次は正直に。この絵は白塗りの顔にお歯黒のような口元のマリアと幼子 ですが、光輪が面白い。こんなの見たことありません。 http://gallery.euroweb.hu/html/g/grunewal/3/02stupp.html そう、虹なんです! 変ってます!   光輪 その4 光輪@【マギの礼拝】 【マギの礼拝】はAdoration of Magiの直訳で、MagiはMagoの複数形、占星 術師や司祭をあらわし、Mag-は魔法のマジックと同じ語源です。 日本の図画の教科書では、【東方三博士の礼拝】と書いてありますが、これ は日本語訳特有のお世話しすぎです。マギは【博士】ではないし、東方から 星に導かれてきたとはいえ、わざわざ【東方】とつける必要はないからです。 さらに、中世後記からの絵には、当時確認されていた三つの世界(ヨーロッ パ、アジア、アフリカ)を代表する人たちとしてマギが描かれるようになり、 【東方】という表現は意味がないと思います。教科書検定ではこういうこと を直してほしいなあ。 前置きが長くなりました。光輪、光輪、テーマは光輪だったわ。 http://gallery.euroweb.hu/html/m/master/francke/becket1.html 1424 イラストのような可愛い絵でしょう。赤い天の川もユニーク、マリアの巨大 な光輪もこれに花でもつければ英国のアスコット競馬場で被る帽子のようで す。しかし、この絵はなにげに含蓄がありますのよ。再び光輪から離れます。 まず、贈物について。右の二人が持っているのは乳香と没薬。貴重な香はキ リストの神性をあらわし、ミイラの保存料の没薬はキリストの死の予兆です。 さて、ヨーロッパからのマギが差し出した宝箱には黄金が入っていて、これ は王としてのキリストへの敬意をあらわしますが、おっと、この幼子は黄金 をつかもうと体を乗り出していますね。神性より王権に興味があったのかな?  あれ、さらに、それを受け取ろうとばかりにのびている手がある! 人相の 悪い男が箱にしまおうとしている!この人がマリアと仮面夫婦だったヨセフ。 マリアは処女懐胎ですから、夫婦を仲良く描いてはならない。イエスとは絶 対に血の繋がりがないように見えないとマズイ。という事でヨセフをハブに するのが宗教絵の約束事とはいえ、ここまで酷く描くとは! 子供がもらっ たお年玉をくすねる父親のようではないですか。ヨセフを信仰したイエズス 会の人が見たら怒りますよ。 杖があるのはヨセフが老人だから。被りものの下に白髪が見えます。数多く のライバルを蹴ってマリアの結婚相手に選ばれた子持ちの年老いた寡男のヨ セフ。まさか、このような運命が待っていたとは、人生何があるか読めない ものです。ヨセフは同じ頃(1420年)に描かれた次の【マギの礼拝】の絵で もひがむ男として描かれています。 http://gallery.euroweb.hu/html/m/master/zunk_ge/zunk_ge3/adorati.html 左の隅で感激の面会シーンには我関せずとばかりにかがんで火を炊いている ヨセフ。ベビーフードを作っているのか、よく解りません。このようにすね たヨセフを見ますと、マリアとの間には『健全な夫婦生活』は全くなかった と思われます。軒にかかっているフランスパンは最期の晩餐や聖体拝領のパ ンを象徴しているだけで、当時のパンの形ではありません。 ここで突如【光輪】に戻りますと、このように縁に名前を彫った光輪も多い です。マリアの光輪の上部にMARIAと読めます。キリストの光輪には十字の変 形の模様が入っていて小さくても偉い人であることがわかります。 光輪 その5 光輪@【キリストと父なる神、他】   ようし、最後の回は、ぐっと古典的に真剣に光輪に取り組むぞ。 6世紀に造られたシナイのカテリーナ修道院の後陣のモザイク。  http://www.ou.edu/class/ahi4263/byzhtml/p02-04.html 右側の拡大図のキリストの後ろにあるのが最も一般的な赤い十字の光輪。ロ シアのイコンにもよく出てきます。さて、キリストの体が薄いブルーの楕円 形が包んでいますね。これも光輪、というか光背で、アーモンド型であるこ とからマンドルラと呼ばれます。マンドルラは元々はキリストが昇天すると きに乗った雲で、キリストと聖母マリア像に描かれます。 この場面は【キリストの変容】で5−6世紀のモザイクではこのように仰々 しくアプスの中心に描かれた題材で、私が【ラヴェンナの羊】でとまどった のは下の3名の弟子が羊として描かれていて、中央にキリストがいなかった からでした。サンタポリナーレ・クラッセ教会のモザイク キリストは十字の中央に小さな顔があるだけ。 キリストが、旧約聖書の聖人モーセとエリアと語り合い、神が雲の中から、 「よく聞け、みなのもの、この子はワシの子供だぞ」という、面白くもなん ともないこのシーンは後代の画題としては当然人気落ちしました。 次の絵には十字の入った光輪をつけたキリストがアーモンド型の中にいます が、光背というより雲の意味が強いマンドルラです。 http://gallery.euroweb.hu/html/zgothic/miniatur/1401-450/01f_1405.html これは15世紀はじめのミニチュア画なんですが、これもすごく含蓄の深い、 面白い絵なんですよ。まず、絵の意味は、左側で天使に両手を引っ張っても らっている聖人がいますが、黙示録を書いたヨハネ(=福音書記者ヨハネと されている)です。 ヨハネは幻視で天国の様子を取材し、それを【ヨハネの黙示録4:2−8】 で生々しくレポートしています。それによると、……雪のような白髪に王冠 をつけた人の子(イエス)らしき人物が玉座に座り、その前には七つのトー チが燃えており(上部にあります)、その周囲にはライオン、牡牛、人間、 鷲に似た四つの生き物があり、周囲では王冠をつけた長老達が竪琴をひき… ……。正にそのとうりの絵です! 復習になりますが、この4つの生き物は4人の福音書記者、マタイ、マルコ、 ルカ、ヨハネを表すのですよね。どれがどれだったかな? マタイが人間、 マルコがライオン、ルカが牡牛、ヨハネが鷲でしたね。 でも、なぜそうなのかは、中世になってから宗教学者がそのヒントが各々の 福音書にあると解読したのです。なんと気の長いミステリー! そのヒント はヨハネをのぞいてすべて各々が記述した福音書の最初の1節にありました。 マタイはキリストの系図から書き始めたので人間、マルコは荒野で呼ばわる 者の声からライオン、ルカは犠牲の話で始まるので捧げものの牡牛。黙示録 を書いたヨハネは幻視で天国を見ることのできる自分を一番天国に近いとこ ろを飛ぶ鷲に例えました。ちょっとズルイ。 図像学にこれほど使える絵もめずらしく、興奮して道を大きくそれましたが、 【光輪】の王道に戻ります。 次の絵も15世紀初めの挿絵です。題は【キリストの降架】 http://gallery.euroweb.hu/html//zgothic/miniatur/1401-450/01f_1404.html キリストと神がお揃いの特上の光輪、ヨハネと聖母マリアは同格の光輪。注 目は父なる神の血色のよい赤ら顔。蒼白なヨハネや聖母マリアと比べてくだ さい。神だけがイエスが復活する事を知っているので意気消沈しないのです。 そして、左手に抱えているもの。小さいけれど、地球儀です。神の持物とし て足元によくみられますが、神にとっては地球なんて野球のボールくら小さ いのですね。美しい羽は天使を表していてインターナショナル・ゴシック的 な華麗なデザインです。 最後はさらに美しく完結するために、傑作をひとつ。 http://gallery.euroweb.hu/html/p/piero/francesc/croce/burial/burial.html ここにはキリストもなく、光輪もなく、題も「木の墓」というもの。でも15 世紀の初めにアレッツォの教会に描かれるフレスコ画にキリスト教的な意味 のないものは考えられません。よく木目を見ると、上品な男性の顔の上の木 目が光輪に見えませんか? キリストが十字架を運ぶシーンの余型でしょう。 そして下品と言われようとも、私はパンツからはみ出たものに注目しないわ けには行きません。 これをじーっと凝視して絵画的に検証したところ、筆 致も違い、フレスコにしては色がいやに濃いところから、私見では、後代の 加筆ではないかと思います。 【光輪】が主役だったか、脇役だったか、解らない【光輪】シリーズでした が、楽しんでいただけましたか?  ****** 重大な訂正 ***** 洞窟の聖母で【マリアと幼子イエス、エリザベスとその息子ヨハネが一堂に 会するという場面は聖書にはありません。】と書きました。エジプトへの逃 避行の後、従姉のエリザベツと息子のヨハネを訪問した話は偽ボナヴェント ウーラという人が補足で書いたもので、確かに聖書(福音書)にはありませ ん。ここまでは正しい。 その時、幼いながらヨハネはキリストを尊敬したのでした。それでキリスト に向かって合掌しているのです。ここまでも合っていました。 でも、私はこの話ばかり頭にあったので、この右側の女性がヨハネのお母さ んのエリザベツだとばかり思ってしまいました。それで【光輪は画中の3人 にしかついていません。マリアの遠縁のエリザベスは聖女ではないからです】 と書いてしまったのです。これが間違い。 すみませんが、もう一度見て下さい。 http://gallery.euroweb.hu/html/l/leonardo/02/3virg_l.html ありゃ、光輪はないけれど、羽根がついているではありませんか! これは エリザベツではなく天使だった! そこで、また本を読んだら、絵において はエリザベツが一緒に描かれることは稀なんだそうです。巨匠レオナルドの 絵を公園デビューの親子たちと見てしまって、大変失礼しました。 (2002年1月〜2月のメルマガに加筆訂正しつつも、大きな間違いはそのまま 残しました。みなさんが間違うことを怖れないために.2003年12月23日) Back Home to ミネルヴァ・ガーディアンズ